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未来予想図Ⅲ

未来について考えてみたことを書くブログ…

未来予想図Ⅲ おじさんの不満は若者が受け止める〜質量保存の法則〜

女性は知らない。男の小便はスプリットすることを。スプリットするのだ。それも突然に。自分の意思とは関係なく。

時代は移り変わる。人も移り変わる。世代も移り変わる。
 
〇〇世代と言われることが多くなった。何かと世代の特性を一言で括りつけて、論じたい人が多いからだろう。バブル世代、ゆとり世代、さとり世代。自分たちで決めたわけではないのに、周りからやかましく言われると、そうなのかなあ、と自分もそうだと思ってしまう。
 
「近頃の若いもんは…」若者を揶揄するときの定例文である。古代エジプトの時代から続くこの一文は、技術が進歩した今でも元気に生き続けている。
でも最近、「近頃のおっさんは…」という光景をよく見る。駅員に口角泡を飛ばしているのはおっさん、店員になんやかんやと説教垂れるのはおっさん、住民説明会で声高なおっさん、おっさん、おっさん。口論あるところにおっさんである。
 
若い世代の(といっても40歳以下)人たちから見たら、何をそんなに怒ってるのかわからない。余計疲れるだけだと思う。でもおっさんは眉間にしわ寄せ、青筋立てて激を飛ばす。まるで「喝!(デデンッ)」と聞こえそうなくらい。
 
だがしかし彼らにも彼らなりに怒らざるをえないところがあるのだ。彼らの働き盛りのころは、まさにバリバリ働いた時代。日本は高度経済成長期。他のやつらに負けじとあらゆるものが消費された。モノをもつことがステータス、自分ブランドの確立だった。「24時間働けますか?」という煽り文句にも疑問をもたないほど、時間がなかった。
そうした世代の人間にとってみれば、仕事での自分が、アイデンティティーであったし、エネルギー、地位も仕事が源であった。そっから仕事を取ると、彼らに残るのは、その気質だけだった。現役時代とくらべて有り余る時間、エネルギー。
そのはけ口があればいいのだが、仕事がいきがいだった人たちには、もうはけ口はない。排水口にたまったゴミを取り除くように、これらの鬱憤も取り除かなければならない。仕事ではない、はけ口となるところ。それは数少ない人と接する機会、スーパー、駅、ファミレスにある。そして、それらを一手に受け取るのが我々若者だ。
「人に迷惑をかけない」ことを教育によって刷り込まれた我々高潔な日本の若者たちは、正面からおっさんたちと対峙することなく、なるべくおだやかに排水口のゴミを取り除くのだ。
 
おっさんたちは悪くない。やりがいが「仕事」のみになったのは、そういう”時代”であったのだ。誰が悪いというならば、それはそういう働き方、経済に持っていった役人たちなのだが、おっさんたちに若者が怒られてる場所には、引退役人は居やしない。
今後増えていくおっさんたちの鬱憤は我々若い世代が受け止める。次の世代に引き継がせないために。
 
そんな未来予想図
 

If you want the rainbow, you gotta put up with the rain.
 
虹を見たければ、ちょっとやそっとの雨は我慢しなくちゃ(ドリー・パートン/米国のシンガーソングライター、女優 / 1946~)